エアーニッポンYS−11 ファイナルフライトルポ

2003年8月31日 千歳−女満別−千歳。最後の任務。

Special Thanks to Naoki Kumagai and Kazuhiro Sugiyama.


 2003年8月31日、ついにその日がやってきた。かつては主力機として、そして晩年も地方で地味に活躍するコミューター機として、全日本空輸、日本近距離航空、そしてエアーニッポンを支え続けたYS−11のファイナルデーである。

 YS−11の引退は私の航空ファン人生において、香港啓徳機場の廃港と並ぶ大イベントと言って良い。中学生の頃に航空ファンを初めた当初は、地元広島空港(現広島西飛行場)にもYS−11が日本近距離航空として、とびうおマークを引き連れて飛来していた。YS−11は懐かしい機体であると同時に、1990年の全日本空輸462便(高松→伊丹)の初搭乗以来、延べ30回以上もお世話になっている機体でもある。また、YS−11は事実上唯一の国産機でありながらも、一般の人々には遅い、揺れる、うるさい、狭いなどとバカにされ続けた機体でもあり、航空ファンとしてはなかなか納得できない、やりきれない同情の念を持つ機体でもある。

 数年前までは札幌丘珠空港をベースに道内路線で活躍していたエアーニッポンのYS−11であるが、後継機のDHC−8の登場により徐々に活躍の場は減少。紋別から消え、釧路から消え、稚内、中標津から消え、最後まで残った丘珠発着路線の函館からも2003年5月31日に消えた。そして最後の最後に残ったのが今回の千歳−女満別線である。正直な感想を言えば、このファイナルルートは意外であった。個人的なイメージとしては、北海道のYS−11と言えば丘珠であり、丘珠にまつわる路線で最後を迎えると当然のように思っていたし、そうあるべきだとも思っていた。しかし、引退まで1年を切った頃、YS−11は千歳−女満別線に復活、そしてこの路線がファイナルルートとなったのである。

 こうした経緯はさておき、そのファイナルデー、当然のように「乗ろう」と決意していた。当初は9月末がファイナルと聞いていたのだが、エアーニッポンの知人経由で8月31日がファイナルであると聞いたので、まずは休暇を確保。そして女満別行き最終ANK453便、そして真の最終便である千歳行きANK454便を確保した。当日はちょうどJALバーゲンフェアの日だったのと、前日所用で大阪入りが決まっていたのとで、大阪からのJALで千歳入りすることに決定。北の大地のYS−11を乗って見送る準備は完了した。

 そしてついにやってきたファイナルデー、8月31日である。同行する鈴木一氏とJAL571便に乗り込み、出発。今回はスーパーシート券が余っていたのでスーパーシートを利用したが、朝食はいまいちでがっかり。フライト中はほとんど寝て過ごした。そして千歳到着後は迷わずレンタカー。私の搭乗する最終便の前にもフライトがあるので、最終日の彼の姿を、この目にしっかりと焼き付けようと思ったのである。

 ひとまず最終便往復のチェックイン。カウンターでは「YSのファイナルフライトにご搭乗いただきありがとうございます」と声を掛けられた。チェックインを済ませるとレンタカーカウンターへ。早速RW19エンドへ移動して撮影である。女満別からのANK452便は相変わらず定刻よりも早くアプローチコースに現れ、RW19Lに着陸。ターミナルの前を通過し、自衛隊側のオープンスポットへと向かう。いつもは単なる脇役でしかない彼であるが、今日は主役そのもの。航空ファンはもちろん、一般の人までもしきりにシャッターを押す。大型機に囲まれながらも堂々と進んでいく姿は、誇らしげでもあり若輩者を諭す老師のようでもあった。

ファイナルフライト搭乗券&アプローチ中のYS−11

タキシング中のYS−11

 タキシングが済んだところで駐機スポットに移動。既に多数の航空ファンに囲まれており、有志による横断幕もかけられていた。盛り上がっているのは周りのギャラリーだけではない。機長、キャビンクルー、地上スタッフまで撮影会ラッシュである。コクピットの窓から旗を立てたり身を乗り出したりりタラップに整列したり、思い思いのポーズで記念撮影である。

 そして出発時間が近くなったところで再びRW19エンドへ。ANK994便女満別行きはすぐにYS−11だとわかる独特のエンジン音を轟かせ、滑走路へと向かう。離陸の直前にはサハリン航空のアントノフ24と並ぶ。アントノフ24は旧東側コミューター機の代表格であり、偶然の出来事ではあるが、この2ショットはラストデーにふさわしい味のある物だったように思う。そしてそのアントノフ24の先にYS−11はRW19Rから離陸。この次この滑走路から離陸するときには私も機中の人である。

ファンに囲まれ&スタッフも記念撮影

窓から旗をなびかせ&しばし休憩

再びタキシング&アントノフ24と並んで

まさに花道?&離陸

 レンタカーを返却し、ターミナルへ戻る。先ほど飛び立った折返し便、ANK993便の到着まではしばらく時間があったので、簡単に食事を済ませ4階の航空グッズショップへ。まさに便乗商売花盛りとでも言うべきか、最終便を記念したステッカーやパッチ、模型などが並べられていた。ひとまず今日のファイナル、ANK454便のステッカーを購入した。

 その後はANAのシグネットラウンジにてデジカメのデータ吸い出しと最後の機器点検を行う。ちなみに、エアーニッポンはスターアライアンスには非加盟なので、私の持つユナイテッドのプレミアムエグゼクティブカード(スターアライアンスゴールド)ではシグネットラウンジは厳密には使えないはずであるが、黙認なのか最近は入れてくれるようになっている。

 そして展望デッキへ移動し、ANK993便を撮影。ここの展望デッキでYSの撮影に夢中になり、搭乗予定の飛行機に乗り遅れ、大枚をはたいた経験があるが、それも今や良い思い出である。このデッキ以外にも晩年のYSを追いかけて数々の撮影スポットを回ったが、こうして最終日を迎えると様々な思い出が走馬燈のように流れていく。北海道という土地柄から、雪を踏みしめて、時には雪をかき分けてポイントへ向かったこともあったし、寒さに凍え、吹雪で頭に雪が積もりながらも撮影を行ったこともあった。それも私自身のYS−11に対する思い入れであり、最終日を迎えた彼へのはなむけの言葉の代わりである。

店頭に並ぶグッズ類&展望デッキから

 展望デッキで着陸とタキシングを撮影し、セキュリティを抜けて搭乗ゲート3Bへ。ゲート周辺には女満別行き最終便、ANK453便の乗客が集まっており、最終便出発を目前に異様な雰囲気に包まれていた。そして搭乗開始。ゲートでは最終便記念品として日本酒「さよならYS−11」と升が配られた。階段を下り、バスに乗り込みスポットへ。今日の主役、YS−11の駐機するスポット周辺には多数の航空ファンが人垣を作っていた。そして今から乗り込む乗客も私を含め、この状況に平穏で居られるはずがなかった。乗客1人1人、この日引退するYS−11への様々な想いを胸に、記念撮影を行っていた。機首部分には既にメッセージを込めたイラストが描かれていた。そして、想いを高ぶらせつつ、1歩1歩タラップを踏みしめながら搭乗。搭乗後、ダメ元でフライトレコードも用意していたのでクルーに渡してみるとサインOKとの返事であった。

 ドアクローズの後、エンジンが動き始める。ロールスロイス製ダートの独特のサウンドと振動。これもエアーニッポン便、そして北海道においては今日で最後である。そのラストフライトを機内で過ごすことができるのは、やはり感動、そして喜び以外の何ものでもない。エンジン音が高鳴る中、多くの人々に見送られスポットを離れる。千歳−女満別線にYS−11が復活して以来、これで3度目の千歳からの出発である。国際線ターミナルに並ぶキャセイやJALの脇を抜け、RW19Rへ。間もなく滑走開始し、大きく羽ばたいた。

日本酒「さよならYS−11」と升&ゲートバスへ&待ちかまえるファンと横断幕

正面から&機首のイラスト&お出迎え

タキシング&RW19Rへ&上昇中

 上空ではいつもの平穏な機内サービスが行われたが、普段は聞くことがほとんどなかったキャプテンの斉藤氏からのアナウンスが始まった。「本日はYS−11最終便にご搭乗いただきありがとうございます」と始まり、搭乗機であるJA8772の説明が始まる。「この機はYS−11の142機目の機体であり、昭和45年に初飛行しました」と続く。私自身が生まれる前からこの機体は北の空で活躍していたと言うことになる。キャプテン自らもこの機体については深い想いがあるであろう。その想いをいっぱい込めたアナウンスのように思えた。

 ドリンクサービスに続いて絵はがきサービスが始まった。これは前回の千歳−女満別往復でも行われていたサービスであるが、今回のフライトで絵はがき全5図柄がすべて揃った事になる。シートポケットにはYSのうちわと新品の安全のしおりも置かれていた。

 眼下には絵はがきにも描かれている北海道の美しい大地が広がる。このYS−11から見た札幌や帯広の街並み、雲の上に浮かんでいるように見えた利尻富士、冬のオホーツク海を埋め尽くす流氷。私自身数々の思い出のあるこの機体から見た北海道の風景を思い出しつつ、眼下に流れる緑の大地を眺めた。

 そして最終の着陸態勢へ。左へ大きく旋回すると、オホーツク海が広がった。かつてYS−11の窓から海を埋め尽くす流氷を眺め感動した、あの海である。そして網走湖を眺めつつ最終の着陸態勢に入り、RW18に着陸。展望デッキには多数の観客が押し寄せており、その前を抜けてスポットへ進んでいく。機内アナウンスで「折返しANK454便を利用される方のサイン帳は千歳にてお返しいたします」と言う最終便らしいアナウンス。ただ、「機内の備品を持ち出さないように」と言うアナウンスもあり、ここ数年の航空ファンのモラル低下はここまで来たかと呆れてしまうと同時に、最終便にこのようなアナウンスを入れないで欲しかったという気もした。

ドリンクサービス中&絵はがき&YSうちわ

大地の上を&オホーツク海

網走湖上空にて&女満別空港に着陸

 スポットインし、ドアオープン。出口で機長と副操縦士のサインが入った搭乗証明書代わりの絵はがきを受け取り、降機。降りた後も当然のごとく撮影会である。取材陣も集まっており、機長やクルーにポーズを取るようにリクエストしていた。私は次のフライトもあるので、一通り撮影し終えたところでターミナルへ。預けていた荷物をピックアップし、そのままチェックインカウンターで預け直す。カウンター脇には今日限定のグッズ販売ブースがあったので、引退記念タイピンを購入した。

エンジン停止&撮影タイム

クルー揃って記念撮影&女満別行き最終便のタグ&記念品販売中

 女満別空港ではこれ以外に何もすることなくセキュリティを抜け、搭乗開始。記念品として往路と同じ日本酒と升を受け取った。そしてまたまた撮影会。往路便とは顔ぶれが変わったので、この便のみに照準を合わせた人も少なくなかったのだろう。また、千歳到着後にセレモニーが行われるとここでアナウンスされた。エプロンではさよならYS−11の横断幕を掛けられたカーゴコンテナが置かれていた。

 そして最後のYS−11のタラップを上がる。振り返ると展望デッキには人垣ができており、「翼よ永遠に」と言う横断幕も見えた。デッキへ向けて大きく手を振り、機内へ。乗客全員が搭乗を完了すると、ダートエンジンがうねりをあげる。このダートのサウンドと振動は一種の哀愁を感じさせてくれるように思うが、このエンジン音もYS−11の魅力付けに大きく貢献していると言って良いだろう。

出発便ボード&ターミナル内から&横断幕を前に

思い思いに記念撮影&展望デッキの横断幕&最後のセイフティーインストラクション

 スポットを離れ、タキシーウェイへ。ちょうど到着したJAL塗装のMD87からは、お見送りのサインだったのかノーズライトのウインクがあった。夕暮れ時の女満別空港を多くの人々に見送られつつRW18から離陸。うっすらと赤く染まった夕暮れ空の中、千歳へと向かう。水平飛行後は往路と同じくドリンクと絵はがきのサービスとなるが、日が暮れた直後なので微妙な機内照明となり雰囲気はいい。

 心地よい揺れの中、この機体にまつわる思い出や光景を振り返りつつ、残されたYS−11のフライトタイムは刻々と短くなる。途中で往路と同じく機長のアナウンスがあり、内容的には往路とほとんど変わりはなかったが、「YS−11は退役しますが、他の飛行機とエアーニッポンをこれからもよろしくお願いします」と言うアナウンスが追加された。

 そしていよいよ、千歳へ向けて最後の着陸態勢へ。着陸態勢に入ると機内照明を落とすというアナウンスが入る。「YSからの最後の夜景をお楽しみ下さい」とのこと。遠く札幌の街の光を右手に見つつ、千歳の光が近づいてくる。そしていよいよ、千歳基地が見え始め、19時ちょうど、千歳空港RW19Lにランディング。ランディングと同時に機内では大きな拍手が起こった。これぞ乗客からYS−11への惜しみない賛美と慰労の念であろう。

MD87もお見送り&夕暮れのRW18&離陸

フラッシュライトに光るエンジン&夕焼け雲を越えて&機内の様子

YSからの最後の夜景&タキシング

 滑走路を離れ、いつものタキシーウェイをスポットへと進む。しかし、ここでも「機内備品のお持ち出しはご遠慮下さい。先ほどラバトリー内の備品をお持ち出しのお客様がいらっしゃいました。どうぞお返し下さい」と言う、またがっかりするアナウンスである。せっかくのファイナルフライトなのに、この行動は呆れを越え怒りを感じる。こういう人と一般航空ファンが同類に扱われるのは非常に心外である。

 そして空港アクセス道路を越え、スポットへ。いつものスポットのやや手前に設けられたセレモニー会場に駐機。「エアーニッポンでは、本日の千歳行き454便を持ちまして、YS型機は退役いたします。ついては長年みなさまにご利用いただきました感謝の気持ちを込めまして、千歳空港到着後、さよならYS−11セレモニーを開催いたします」とアナウンスされた。歴代機長や横断幕に迎えられながらエンジンを止め、ドアが開く。時間の都合でセレモニーに参加できない乗客が先に降機しバスに乗り込む。そしてセレモニーに参加する我々は最後に降機した。

出迎えの横断幕&降機&歴代機長とスタッフ

 降機後はエアーニッポンのキャプテンや関係者の他、数々の報道陣が会場を囲んでいた。当日のキャビンクルーの司会の元、セレモニーが開始される。夜間のため投光器によるライトアップが行われ、今まさに定期便の任務を終えたJA8772の最後の姿を、カメラに、ビデオに、そして目に焼き付けた。

 一通り挨拶が終わると機体への寄せ書きが始まる。機首部分の限られたスペースではあったが、参加者の様々な想いを込めたメッセージを書いてゆく。私自身はこれからタイのプーケットエアへと旅立つJA8772に対し、あえてさようならとは言わず、「また会う日まで」と言うメッセージを残した。もちろん、状況が許せばタイまで再会しに出かけるつもりである。

 そしてセレモニーはフィナーレ、機体を前にして記念撮影となる。後日この模様はエアーニッポンのホームページに公開されるようである。こうしてセレモニーは終了し、最後の撮影を時間の許す限り続け、ターミナルへと向かうバスに乗り込んだ。

 こうしてエアーニッポンのYS−11の定期便ラストフライト、千歳−女満別往復を終えた。長い間日本の空を飛び続けた彼らへの感謝と、タイでの活躍を祈念しつつ、札幌市内へと向かった。

ご挨拶&思い思いに寄せ書き&私もシンプルに

最後の記念撮影

最終便のフライトコード&搭乗記念のポストカード

セレモニー参加証


オマケ:翌日の新聞には...(^o^;)

2003年9月1日付け道内版:読売新聞&毎日新聞

勝手に顔を掲載されていた私(^o^;)。

2003年9月1日付け道内版:朝日新聞&北海道新聞

朝日は私の寄せ書きをカラーで掲載。


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